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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)103号 判決

甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)

山下海運こと山下勝

右訴訟代理人弁護士

久保田寿一

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)

富島輸送株式会社

右代表者代表取締役

佐藤貞太郎

右訴訟代理人弁護士

飯村佳夫

水野武夫

田原睦夫

栗原良扶

増市徹

木村圭二郎

森田英樹

印藤弘二

主文

一  原告、被告間の社団法人日本海運集会所曳船おおとり他二隻の各裸傭船契約紛議仲裁判断事件について、仲裁人小島孝、同岡良夫、同上野晃が平成元年一一月二〇日付をもってなした別紙記載の仲裁判断に基づいて、原告が被告に対して、強制執行することを許可する。

二  被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴請求とも被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 主文一項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 本件判決主文一項掲記の仲裁判断のうち、主文一項および三項の仲裁判断を取り消す。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 原告を申立人、被告を被申立人とする曳船おおとり他二隻(以下「本件各船舶」という。)の各裸傭船契約紛議仲裁判断事件について、平成元年一一月二〇日、社団法人日本海運集会所(以下「集会所」という。)の仲裁人小島孝、同岡良夫、同上野晃(以下「本件仲裁人」という。)は、別紙記載の仲裁判断(以下「本件仲裁判断」という。)をした。

そして、同仲裁判断書正本が原告、被告双方に送達された。

2 よって、原告は、本件仲裁判断に基づく執行判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

三  抗弁

1 仲裁手続の不許(民事訴訟法八〇一条一項第一)

(一) 鑑定書の不公正さ

本件仲裁判断の依拠した一九八八年八月一三日付鑑定書(以下「鑑定書」という。)の作成に関しては、草案が本件仲裁判断をした岡仲裁人に提出され、岡仲裁人と相談の結果、作成されたものであり、明らかに不公正な鑑定手続がなされたものであり、かかる不公正な鑑定手続の下に作成された鑑定書に依拠した本件仲裁手続は許されるべきではない。

(二) 調書の閲覧拒否

(1) 集会所においては、仲裁手続について適用される海事仲裁規則二九条において、「正当な事由があるときは、当事者又はその代理人に限り、仲裁判断に関する書類を閲覧することができる。」と規定されている。

(2) そこで、被告は、昭和六三年七月一一日、右規則に則り、本件各船舶の賃貸借契約の締結に深く関与した宮城正喜の審尋調書の閲覧を申請したが、本件仲裁人は、同年一一月四日、これまで当事者以外の調書を閲覧させたことがないという理由で右申請を拒否した。

(3) 右宮城正喜の供述は本件各船舶の賃貸借契約における修繕費用の負担等の条項を理解する上で極めて重要な意義を有するものであるところ、当事者の代理人が仲裁手続に備えるために、右調書の閲覧を求めることは、手続に必要な攻撃防御方法として正当事由があると言うべきであり、それを拒否することは明白に前記仲裁規則に違反し、紛争処理手続における当事者公開という基本的な要請を没却するものであり、かかる重大な手続違反のもとになされた本件仲裁判断は許されるべきではない。

(三) 仲裁人の忌避事由

(1) 本件仲裁手続の審理が終結した後、岡仲裁人は、平成元年九月六日、被告が仕事をもらうなど被告に対して影響力を有している杤木汽船株式会社の杤木作弥を通じ、被告に対し、仲裁判断に不服があっても、争わないように告げ、被告がそれを拒否すると、同年一〇月一七日、岡仲裁人は更に右杤木を通じて同趣旨のことを告げてきた。

(2) このような岡仲裁人の行為は、紛争処理機関の中立性に重大な疑念をもたらすものであり、仲裁人の中立性を阻害するものであるから、仲裁人の忌避事由に該当すると言うべきであり、本件仲裁判断は許されるべきではない。

2 禁止行為(同第二)

本件仲裁判断は、後記3(一)で述べるように、本件各船舶に関して、賃借人である被告に返船時の原状修復義務があるとした明白な事実認定の誤りを犯し、それ自体不可能な理由付を行い、原状修復義務を被告に課しているのであり、その内容は極めて不当なものであって、民法九〇条に反するものである。

したがって、本件仲裁判断は法律上禁止された行為を内容とするものである。

3 理由不備(同第五)

(一) 原状修復義務の負担について

(1) 本件仲裁判断は、その理由中において、曳船おおとり(以下「おおとり」という。)外二隻の各裸傭船契約書の条項相互には矛盾した箇所があり、その矛盾した箇所については、商慣習を明文化した集会所の書式を適用して判断するとした上で、返船時の原状修復義務は賃借人である被告にあると判断し、返船時の原状修復義務が賃貸人である原告にあるとの被告の主張を排斥した。

(2) しかしながら、右仲裁判断において、条項相互に矛盾があるとしている内容は、おおとりの各裸傭船契約書を例にとれは、傭船者の負担すべき費用を定める第三条第四項に「其他商慣習上傭船者の負担になるべき費用」と記載されていることと、船主が負担すべき費用を定める第四条第一項に修繕費が規定されていることを指しているようであるが、右各条項に矛盾があるとするならば、負担すべき費目を具体的に記載している条項を優先させるべきことは解釈上当然のことであり、本件仲裁判断のような認定はおよそ成立する余地がなく、理由としての体をなしていない。

(3) 仮にその点は措くとしても、本件においては、以下に述べる事情から、返船時の原状修復義務を賃貸人である原告が負担すべきは明白であり、本件仲裁判断のような認定はおよそ成立する余地がなく、理由として体をなしていない。

① おおとりは、原告が被告から、昭和五七年一〇月、代金六〇〇万円で買い受けた上、被告に対し賃貸し、後記のとおり高額の賃料(合計三一八〇万円)を受領したものであるところ、原告は、わずか二年間で船価相当額の費用を回収し、契約が継続したわずか五年間の間で船価の五倍に相当する金額を回収しているのであるから、おおとりに関する原状修復費用を賃借人である被告が負担しなければならないとすると、賃貸人である原告は、不当に過大な利益を取得することになり、そうであれば、当事者の意思としては、右(1)の書式に明文化された商慣習の適用を排除し、おおとりに関する原状修復費用は、船主である原告の負担とする意思であったことが明確であると言うべきである。

昭和五七年一一月より同五八年一〇月 金四八〇万円

昭和五八年一一月より同五九年一〇月 金七二〇万円

昭和五九年一一月より同六〇年一〇月 金七二〇万円

昭和六〇年一一月より同六一年一〇月 金六六〇万円

昭和六一年一一月より同六二年一〇月 金六〇〇万円

② また、おおとりについては、同船の賃貸借に関する昭和五七年一一月一〇日付確約書の第三条において、賃借人である被告の負担する費用として小修理代のみを、賃貸人である原告の負担する費用として中間検査および修繕費を挙げ、賃貸人である原告が原状修復義務を負担する趣旨を明確にしているが、おおとりの裸傭船契約書においても、その第四条において修繕費は原告の負担とされており、おおとりに関する賃貸借契約においては、現実にその契約期間中、小修理代以外の保船費用を原告の負担とする内容になっていたのである。

③ そして、原告は、仲裁手続の中で、「おおとりは契約締結時、建造後一〇年を経過しており、中間・定期検査等の費用は、船主負担で堪航能力を維持していくためにどの程度の費用を要するか検討がつかぬ状態であった」「買船時中間検査受検、船主工事…を算入し、船主は採算を考えるものである」と原告自身に堪航能力の維持すなわち保船義務につき責任があることを認めているのである。

(4) また、本件仲裁判断は、その理由中において、おおとり裸傭船契約書の第四条一項につき、本条項は定期・中間検査およびそれに付随する修繕のために直接要した費用を船主が負担する趣旨に解されるとしながらも、賃貸人は船舶の管理の一部を負担したに過ぎず、返船時の原状修復義務は賃借人である被告にあると判断し、被告の主張を排斥しているが、おおとりのような船舶は、座礁、衝突等の特別な事故が起こらない限り、堪航能力を維持するための修理は、専ら定期・中間検査に際して行われるのであり、定期・中間検査およびその際の修理義務が船主にあるということは、とりもなおさず賃貸人である原告に堪航能力維持義務・保船義務があることを意味するのである。それにもかかわらず、前記のように返船時の原状修復義務は賃借人である被告にあると判断するのは、それ自体不可能な理由付けである。

(5) 他方、本件仲裁判断は、艀第三六あさひ丸(以下「あさひ丸」という。)および同第一七号富島丸(以下「富島丸」という。)の原状修復義務についても、おおとりと同様であるとし、その返船時の原状修復義務が賃貸人である原告の負担であるとの被告の主張を排斥しているが、右各艀の各裸傭船契約書の第四条には、賃貸人である原告の負担すべき費用として、船体の入渠修繕と記載し、明確に右各艀の堪航能力の維持、保船義務を賃貸人である原告の責任としているのであり、また、本件仲裁判断もその中で認めているように、右各艀は法律上、定期・中間検査を受検すべきことが要求されている船舶ではないのであるから、定期・中間検査およびそれに付随する修繕のための費用を賃貸人である原告に、その余を賃借人である被告が負担するという理由付は成立する余地がなく、本件仲裁判断はその点でも不可能な理由付をもって判断を下しているものである。

(6) 以上のとおり、本件各船舶に関して、賃借人である被告に返船時の原状修復義務があるとした本件仲裁判断には理由がなく、右義務があることを前提にした本件仲裁判断主文一項および三項は理由不備であり、取り消されるべきものである。

(二) 仮に、返船時の原状修復義務が賃借人である被告にあるとしても、なお、本件仲裁判断は次のとおり理由がないというべきである。

(1) 塗装費用について

本件仲裁判断は、その理由中において、本件各船舶が一旦は被告の所有に帰属していることを根拠として、少なくとも本件各船舶が、賃貸借契約当初、堪航能力を保持していたことについて被告は争うことは出来ず、堪航能力を回復する限度での修繕義務があると判断し、本件各船舶はいずれも新造船を賃貸借の目的としたものではないから原状修復といってもどの程度の修復をするのかが全く不明であるとの被告の主張を排斥した。

そして、本件仲裁判断は、原状回復の程度として、堪航能力を回復する程度という基準を定立しておきながら、その具体的内容については、鑑定書に盲目的に従い、堪航能力とは無関係な塗装費用が、おおとりについては七五万円、あさひ丸については一五一万円、富島丸については一二八万円を被告の負担としている。

しかしながら、本件各船舶はいずれも貸し渡しに際し、新たに塗装工事をされたものはないのであるから、堪航能力とは無関係な塗装費用を被告の負担としている本件仲裁判断は、明らかな理由齟齬であり、理由として体をなしていない。

(2) おおとりの堪航性

被告は、おおとりの返船直後、その状況を確認しておくべく、神戸海事検定株式会社に検査を依頼したところ、同社は昭和六二年一一月二日付検査報告書において、「検査の結果、おおとりの船体、機関、他は良好であり、船体の凹損、その他はなんら同船の堪航性を阻害するものではない。」と報告した。

ところが、本件仲裁判断は、右検査報告書をなんら評価せず、堪航能力について判断していない鑑定書に盲目的に依拠し、被告に原状修復費用を負担せしめているが、これは明らかに右検査報告書の見落としとしか考えられず、証拠に基づかない事実を基礎として判断したものであり、理由としての体をなしていない。

(3) 鑑定書の問題点

鑑定書は、堪航能力については直接の鑑定事項にはなっていなかったが、実際には、本件各船舶に対して、被告主張の原状修復のための工事がなされたかどうか、なされたとして右工事に要する費用の適正価格について鑑定し、更に右鑑定事項を、A―工事施工確認のもの、B―工事施工確認不能のもの、C―船主工事と考えられるべきもの、D―工事未施工と考えられるものとに分類し、加えて検定人森田正の説明によれば、右Cの明白に船主が負担すべき工事として処理されるべきもの以外は、一応傭船者の負担としたに過ぎないとの前提で鑑定されたというものであり、堪航能力を回復する程度という基準に基づいて費用分担を決定したものではないのである。

したがって、右鑑定書に依拠した本件仲裁判断は、明白にその証拠価値を誤ったものというほかはなく理由がないというべきである。

(4) ボイラーに関する問題点

本件仲裁判断は、その理由中において、おおとりに付属するボイラーの中のチューブ取替え費用を被告の負担としているが、鑑定書の検定人である前記森田が後に追加した同年一〇月二〇日付鑑定書(以下「追加鑑定書」という。)によれば、右チューブの取替えの必要が通常の使用による劣化に起因する場合には、傭船者である被告がその費用を負担することはないということであった。

ところで、原告が被告に対し、右ボイラーの修理費を被保全債権として仮差押えの申立てをしたので、被告が異議訴訟を提起したところ、原告は、同訴訟手続において、取替えの原因は、被告の通常の使用によるものであると明確に供述しているのである。

したがって、右修理費について、鑑定書に依拠した本件仲裁判断は、明白にその証拠価値を誤ったもので理由がないと言うべきである。

(5) 船底外板に関する問題点

本件仲裁判断は、おおとりの船底外板についての修理費用を被告の負担としているが、船底外板の工事は一切なされておらず、原告はそのことが判明するや、それが船底ではなく船の右舷上部であると主張を変更するにいたったが、右舷上部についても被告において返還時に船の状態を明確にし、なんら破損がないことが判明しているのである。また他の二隻についても、右おおとりのことを考えると、その各船底外板を実際取替えたかどうかは疑問である。

ところが、本件仲裁判断は、本件各船舶の船底外板についての原状修復費用を被告の負担としており、明らかに理由がないものというべきである。

4 相殺の抗弁

(一) おおとりの保険料は、昭和五九年においては、一回金二六万六七五〇円(年四回払い)であるところ、昭和六〇年の保険料は、一回一七万九二五〇円(年四回払い)、昭和六一年の保険料は、一回一八万二三七五円(年四回払い)、昭和六二年の保険料は、一回一八万五六二五円(年四回払い)と昭和五九年の保険料よりも保険料の金額が低くなっていた。それにもかかわらず、原告は被告に対し保険料が低くなったことを知らせずに、一回金二六万六七五〇円(年四回払い)の金額を請求、受領し続け、実際の保険料との差額合計金一〇一万二〇〇〇円(一〇六万七〇〇〇円×三−〔七一万七〇〇〇円+七二万九五〇〇円+七四万二五〇〇円〕)を不当に利得した。

(二) 被告は、原告に対し、平成二年一二月二五日の本件口頭弁論期日において、原告に対する右一〇一万二〇〇〇円の不当利得返還請求権を自働債権として、本件仲裁判断による執行判決を求める債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の(一)の事実は否認する。

2 同1の(二)のうち、(1)の事実は認め、(2)の事実は不知、(3)は争う。

「仲裁判断ヲ許ス可カラサリシトキ」とは、仲裁手続が全体として許すべきではなかった場合を指し、参考人一名の審尋調書の閲覧拒否はこれにあたらない。

3 同1の(三)のうち、(1)の事実は不知、(2)は争う。

4 同2および3は、いずれも否認ないし争う。

5 同4の(一)の事実は認め、その不当性は争い、同(二)は争う。

なお、執行判決手続あるいは仲裁判断取消し訴訟手続においては、仲裁判断の基準時以降に生じた債権の消滅に関する事由をもって抗弁とすることはできず、別途、請求異議訴訟手続によるべきである。

五  再抗弁

1 抗弁1の(二)に対して

(一) 仲裁手続は、訴訟手続と異なり、職権による証拠調べを認めているが(仲裁規則一九条)、職権により収集された証拠の中には当事者への配慮から開示されるのを拒む者がないではなく、収集された証拠を当事者に閲覧されることがかえって仲裁人の自由な証拠収集活動を困難ならしめる場合がある。したがって、当事者に閲覧を許すかどうかは仲裁人の裁量に服し、仲裁人としては、かかるおそれがあると判断した場合に、当事者への開示を拒む参考人の審尋調書を当事者に閲覧させないことには正当な事由があるといわなければならない。

(二) また、本件仲裁判断の証拠摘示欄には、同参考人の審尋の結果の引用はなく、同審尋調書の閲覧拒否は他の取消し事由に匹敵するような重要な手続違反とも言えないから取消し事由にはあたらない。

(三) 加えて、被告が審尋調書の閲覧を拒否された時点で、仲裁機関に異議を述べた形跡はなく、右手続上の瑕疵は、責問権の放棄により治癒されたものである。

2 同1の(三)に対して

被告は、仲裁手続中に、岡仲裁人の忌避を申立てておらず、同仲裁人の、面前で陳述しているのであるから、忌避権を喪失したものである。

3 抗弁4(相殺の抗弁)に対して

(一) 被告は、おおとりの裸傭船契約において船体保険料を負担すべきことを約していたのであるから、被告自身が保険契約を締結し保険料を保険会社に支払うべきところ、被告は右保険契約を締結しなかったので、原告が止むなく昭和五九年一月二一日、保険金額二〇〇〇万円の船体保険契約(年間保険料額一〇六万七〇〇〇円、一回二六万六七五〇円、年四回)を締結した。

(二) 翌六〇年度の船体保険契約も、原告が締結するのを止むなくされたが、保険金額を二〇〇〇万円とすると、年間保険料額が一四三万四〇〇〇円と高額になるため、被告に連絡したところ、被告が保険料の増額には応じないとのことであったので、原告は、被告から保険料を受領し得る範囲内で保険契約を維持するため、止むなく昭和六〇年一月一二日以降、保険金額を一〇〇〇万円とする船体保険契約を締結したが、これは原告自らの危険負担で行ったものであり、被告の右契約上の支払義務とはなんら関係がない。

(三) 被告は、前記(一)の裸傭船契約において、保険金額を二〇〇〇万円とする船体保険料を負担すべきことを約していたのであるから、原告の利得は法律上の原因に基づくものであって、不当利得とはならないから、被告が相殺に供すべき自働債権は発生しない。

六  再抗弁に対し認否

1 再抗弁1

否認ないし争う。

2 同2

否認ないし争う。

3 同3

いずれも否認ないし争う。

(乙事件について)

一  請求原因

1 甲事件請求原因1と同じ。

2 甲事件抗弁1ないし3と同じ。

3 よって、被告は、原告に対し、本件仲裁判断のうち、主文一項および三項の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2については甲事件抗弁1ないし3に対する認否と同じ。

三  抗弁およびその認否

甲事件再抗弁1・2、およびそれらに対する認否と同じ。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一(甲事件について)

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁について

1  抗弁1(仲裁手続の不許)について

(一) 同(一)(鑑定書の不公正さ)の事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) 同(二)(調書の閲覧拒否)について

(1) 同(二)のうち、(1)の事実は当事者間に争いがない。

(2) 同(二)の(2)の事実については、証拠(〈書証番号略〉)によりこれを認めることができる。

(3) 同(二)の(3)(閲覧拒否と取消事由)について

(a) 当事者間に争いがない事実および証拠(〈書証番号略〉)によれば、当事者は、本件各船舶の各裸傭船契約において、仲裁に関する一切の事項を集会所の海事仲裁規則(以下「規則」という。)による旨合意し、右規則は、正当な事由があるときは、当事者又はその代理人に限り、仲裁判断に関する書類を閲覧することができると定めている(規則二九条)。そこで、仲裁人が参考人宮城正喜(以下「宮城」という。)の審尋調書の閲覧を拒否したことにつき、右規則にいう正当事由があると言えるかどうかについて以下検討する。

(b) 証拠(〈書証番号略〉)によれば、本件仲裁人が昭和六三年四月一三日、職権で宮城を審尋した際には、当事者が立ち会っていないこと、宮城はおおとりとあさひ丸の前所有者たる杤木汽船株式会社の神戸支店長であって、右各船舶についての同社より被告、被告より原告への各売買契約、原告より被告への各裸傭船契約の締結に至る過程において関与した参考人であることが認められる。

ところで、重要な参考人等を当事者の立会いなしに証拠調べをした場合には、手続保障の見地から、その証拠から得られた証拠資料を当事者に公開したうえ、これにつき当事者に審尋の機会を与えて、その攻撃防御を尽くさせる手段を保障する必要があるというべきであり(民事訴訟法八〇一条一項第四参照)、攻撃防御の前提としてなされた当事者による重要参考人等の審尋調書の閲覧請求は、原則として正当性があるというべきである。他方、本件においては、再抗弁1の(一)において、原告が主張するような審尋調書を当事者に公開することによって、本件仲裁手続の審理の妨げとなるような例外的事情の存在は認められない。そうすると、仲裁人の右閲覧拒否は、裁量権の濫用として許されないものというべきであるから、本件仲裁手続には規則違反の手続上の瑕疵があったことが認められる。

(c) そこで以下、右瑕疵が本件仲裁判断の取消事由にあたるかどうか検討する。

ⅰ 仲裁判断が確定判決と同一の効力を有するとされる根拠が、仲裁契約における当事者の合意と当事者の仲裁手続への手続保障にあることからすれば、必ずしも仲裁判断が全体として許されない場合のみならず、個々の手続違反でも「仲裁手続ヲ許ス可カラサリシトキ」にあたる場合があると解すべきであるが、顕著な手続違反を取消事由として列挙している民事訴訟法八〇一条一項の趣旨からして、他の取消事由に匹敵する重大な手続違反に限り、「仲裁手続ヲ許ス可カラサリシトキ」として取消事由にあたると解するのが相当である。

ⅱ そこで、再抗弁1の(二)、(三)について判断するに、証拠(〈書証番号略〉)によれば、本件仲裁判断の証拠摘示欄には宮城の審尋の結果は援用されていないことが認められる。そうすると、宮城に対する審尋調書を仲裁人が被告代理人に閲覧させなかったことは重大な手続違反とまではいえない。また、本件においては、前記閲覧に対して、被告が異議を述べたことを認めるに足りる証拠も見当たらない。そうすると、被告が異議を述べなかったことによって、右手続違反は責問権の放棄によって治癒されたものと解するのが相当である(民訴法一四一条)。

よって、被告の主張は理由がない。

(三) 同(三)(仲裁人の忌避)について

同(三)の(1)の事実については、被告の主張に沿う証拠(〈書証番号略〉、被告代表者本人)もあるが、これらは弁論の全趣旨に照らし、容易にこれを採用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の主張は理由がない。

2  同2(禁止行為)について

同2の抗弁については、後記3(一)で判示するとおりであって、本件仲裁判断の判断内容は公序良俗に違反するものではない。

よって、被告の主張は理由がないというべきである。

3  同3(理由不備)について

(一) (原状修復義務の負担について)

証拠(〈書証番号略〉)によれば、本件仲裁判断において、被告には、本件各船舶の返船にあたって、堪航能力を回復する程度に原状修復義務があるとの理由について、概略、次のとおり認定されていることが認められる。

(1) 本件仲裁判断は、まずおおとりについて、当事者の締結した裸傭船契約書の解釈により判断することを本則としながらも、矛盾する条項に関しては、我が国の内航海運業界の商慣習を明文化した集会所制定の裸傭船契約書(以下「集会所フォームという。)をもって補足し、返船時における原状修復のための費用を原告、被告いずれが負担するかについての当事者の合理的な意思を探究する立場を明らかにした上で、被告の負担すべき費用を定めた三条、原告の負担すべき費用を定めた四条、被告の過失による原状修復義務を定めた五条に着眼し、次のように判断した。

① 三条が「其他商習慣上傭船者(被告)の負担になるべき費用」(四項)と定めてあることから、集会所フォーム(八条一項)によれば、修繕費はすべて被告の負担となるところ、裸傭船契約書四条には「修繕費(船体検査の為の入渠費用に限る。但し合入渠、中間検査、定期検査に要した時間は本契約に算入し傭船科は傭船者(被告)負担)」(一項)を原告の負担とし、修繕費の費用負担者に関して、両条項間で抵触が生じるように見える。しかし、被告は当時、おおとりを購入する経済力も、検査費用を負担する経済力もなかったことから四条一項を採用したことや検査費用を考慮した上で傭船料が決定されたことからすれば、傭船者の受検義務を原告が負担する代わりに、その費用を分割して傭船料に含めて返済するとの黙示の合意があったと推測できる。そうであれば、原告は、おおとりの管理それ自体を引き受けたのではなく、おおとりを占有使用していた被告がおおとりの管理にあたる上で必要な費用の一部を原告が一時的に負担していたに過ぎないと解することができ、実際問題としても、原告がおおとりの状態を確認できるのは、合入渠を含めても一年に一回であり、日常の状態については被告が調査し、必要なものについては修繕すべきであることは裸傭船契約の性質からみて当然であることから、四条一項は、定期検査、中間検査およびそれに付随する修繕のために直接要した費用を原告が負担するとの趣旨に解され、その余の費用、すなわち、返船時の原状修復(堪航能力回復)のための費用は三条四項により被告の負担とする趣旨と解される。

② そして、右解釈を前提とし、五条を解釈すると、同条は、集会所フォーム(九条)に相当する規定であると解されるが、本条が過失責任とされている点で異なるも、「天災、不可抗力の場合を除き其の原因が傭船者の過失と認められる事故」との文言からすれば、集会所フォーム(九条)と同様、日常的な管理費用とは違った非日常的な事故によって生じた費用に関する規定であると解される。

③ そして、三条、四条、五条についての当事者の矛盾のない合理的な意思を以上のように解釈すれば、被告は返船時の原状修復義務を負担し、そのための費用を負担すべき義務を免れないと解するのが相当である。

④ 続けて、本件仲裁判断は、おおとりは、原告・被告間の裸傭船契約開始前は、被告が所有、使用していた船であった上、法定検査を要する船であり、実質的に裸傭船が開始された昭和五七年一一月一〇日直後に実施された同月一七日の中間検査後には、おおとりの堪航能力が整備されていたことが明らかであり、また、そもそもおおとりは、杤木汽船株式会社から被告に譲渡された後、原告に譲渡されたものであり、被告が所有者になった時から原告との裸傭船契約が終了するまで、その占有、使用は常に被告が行っていたという事情の下においては、被告は、原告に対し、おおとりを譲渡するにあたり、黙示的にもせよおおとりの堪航能力を保障した上で譲渡していると解すべきである。

⑤ よって、被告は、おおとりの返船にあたって、堪航能力を回復する程度に原状を修復する義務があると結論付けている。

(2) 続いて本件仲裁判断は、あさひ丸および富島丸の艀二隻について、次のとおり判断している。

① あさひ丸および富島丸の各裸傭船契約書において両当事者の費用負担を定めている三条、四条、五条は文理的にもその配列からも前記おおとりに関する三条、四条、五条に該当し、これら条項に関する解釈もおおとりと同様である。

② 確かに右二隻は油艀であり法定検査の義務はないが、右二隻の艀は原告、被告間の裸傭船契約締結まで被告の所有・占有下にあり、原告への譲渡と同時に原告を所有者、被告を傭船者とする裸傭船契約が締結されたが、占有はそのまま被告の下にあった。実務上艀の売買契約では、当事者に信頼関係があり、特に堪航能力について今までの使用状態が明らかで問題がなければ、船底検査をせずに、いわゆる「有姿のまま」で引き渡しを行うが、これは「有姿のまま」でも本船に堪航能力があるということを黙示的に売主は買主に保障しているのである。また、右二隻の油艀に関する各売買契約書においても、売主である被告の堪航能力に関する義務については免責されていない。さらに、右二隻の油艀に関する各裸傭船契約の開始時に、船底検査をする期間を置かずに、被告の都合により傭船を開始したことも明らかである。よって、各裸傭船契約に直結して先行する船舶売買契約上、被告は右二隻の油艀の堪航能力を原告に保障したと解すべきであり、裸傭船契約上の引き渡し時には、それがなかったと被告が主張することは許されない。

③ したがって、被告は、あさひ丸および富島丸の返船にあたって、堪航能力を回復する程度に原状を修復する義務があると結論付けている。

(3) ところで、仲裁判断は、判決と異なり、専ら法律の規定にのみ依拠することなく、諸般の事情を斟酌し、公平の見地より判断することができるのみならず、その基本とした事実についても特に証拠を摘示することは法の要求しないところであることからすれば、仲裁判断の理由が法律上の根拠を有せず、また確定した事実についての証拠説明を欠いた場合といえども、直ちに仲裁判断に理由を付さない違法あるものとはいえず、また仲裁判断に仲裁人がどのようにしてその判断をするに至ったかを知り得る理由を示している以上、その理由の当否は裁判所の審査すべきものではないので、たとえその理由が不当であったとしても、これをもって仲裁判断の取消を求める理由にはならないと解するのが相当である(大審院判決昭和三年一〇月二七日第三民事部判決、民集七巻八四八頁参照)。

そして、右法理に照らせば、本件仲裁判断における前記理由の記載は、いずれも仲裁人の判断の過程の大綱が示されており、その内容が不合理であったり、また、矛盾していたりしていると解することはできず、理由としてなんら欠けるところはないというべきである。被告の主張は証拠の採否・評価、ひいては理由の当否を非難するものであって理由がないというべきである。

よって、被告の主張は理由がない。

(二) (塗装費用、おおとりの堪航性、鑑定書の問題点、ボイラーおよび船底外板に関する問題点について)

本件仲裁判断は、その理由中において、右(一)において認定したように、被告にはおおとりの返船にあたって、堪航能力を回復する程度に原状を修復する義務があるとの前提のもとに、被告の負担すべきおおとりの修繕箇所、程度および費用について、仲裁人の職権による実地検証などに基づき、鑑定書の記載を妥当と認めた上で、被告に費用負担を命じているのであって、その内容が不合理であったり、また、矛盾していたりしていると解することはできず、その理由の大綱を知るになんら欠けるところはないというべきである。被告の主張は証拠の採否・評価、ひいては理由の当否を非難するものであって理由がないというべきである。

4  抗弁4(相殺の抗弁)について

(一) 抗弁4(相殺の抗弁)の事実の判断に先立ち、相殺の主張が抗弁となり得るかについて判断する。

(二) (相殺の可否について)

(1) 被告は、本件仲裁判断成立後において相殺をなし、原告の本訴請求債権がその対当額において一部消滅した旨抗弁として主張し、原告は、右相殺の抗弁は別途請求異議訴訟において主張すべき事由であり、執行判決訴訟においては抗弁になり得ない旨主張する。

(2) ところで、仲裁判断が債務名義となり得るためには確定した執行判決が必要であるとされているところ(民事訴訟法八〇二条一項、民事執行法二二条六号)、その趣旨が、仲裁判断も当事者の自主的な紛争解決として確定判決と同様に尊重すべきではあるが(民事訴訟法八〇〇条)、裁判所の確定判決に比べると手続的に瑕疵が生じやすいため、公権力の発動をもたらす執行力を自働的に付与せず、判決機関に仲裁判断の手続的瑕疵の有無を審査させた後に執行力を付与させようとしたところにあると解するのが相当であることからすれば、執行判決を求める訴えの審理の対象は、訴訟要件、適法かつ適式になされた仲裁判断の成立および仲裁判断取消事由の有無(同法八〇二条二項)に限られ、仲裁判断の実体的判断の当否を審査することは許されないと解するのが相当である。

(3) そうすると、執行判決の訴えの手続内で被告が仲裁判断成立後における相殺を抗弁として主張することは、当事者の自主的紛争解決である仲裁判断を尊重し、右仲裁判断に対し、迅速に執行力を付与しようとする前記執行判決制度の趣旨に反し、許されないと解するのが相当であり、右抗弁事実は別途、執行判決が確定した後において、法が予定する請求異議の訴え(民事執行法三五条)で主張すべき事由であると解するのが相当である。

(三) よって、抗弁4について判断するまでもなく、被告の主張は理由がない。

三以上により、原告の本訴請求は理由がある。

第二(乙事件について)

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二同2の各事実については、前記第一の二1ないし3において判示したとおりであり、いずれも理由がないというべきである。

三よって、原告主張の抗弁について判断するまでもなく、被告の反訴請求は理由がない。

第三結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととする)。

(裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井浩 裁判官山田整)

別紙

申立人・反対請求被申立人 原告(以下「甲」という。)

被申立人・反対請求申立人 被告(以下「乙」という。)

主文

一 被申立人乙は、申立人甲に対し、金一一、九六七、〇〇〇円を支払うべきものとする。

二 反対請求被申立人甲は、反対請求申立人乙に対し、金五、〇七五、三四五円を支払うべきものとする。

三 前二項の各債権は、これをその対等額において相殺し、金六、八九一、六五五円を、乙は甲に対し支払え。

四 仲裁判断に要した費用は、金一、四三〇、〇〇〇円とし、当事者各々折半してこれを負担せよ。

五 両当事者のその余の請求は、これを棄却する。

六 仲裁判断に関する管轄裁判所は、神戸地方裁判所とする。

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